雇用

外国人労働者から「年金保険料を払っても、日本で10年働かなければ意味がないのでは」と聞かれた経験のある人事担当者は少なくないはずです。この疑問に関わるのが「脱退一時金」制度です。2025年6月に成立した年金制度改正法により、この脱退一時金の計算上限が2026年4月から5年から8年に引き上げられます。本記事では制度の仕組みと改正内容、企業が従業員に説明すべきポイントを整理します。

脱退一時金とは何か

制度の目的

日本の公的年金は、老齢年金を受給するために原則10年以上の加入期間が必要です。母国に帰国する外国人労働者の多くは、この10年という受給資格期間を満たせないまま帰国することになります。こうした人が支払った年金保険料が掛け捨てにならないよう、一定の条件のもとで保険料の一部を一時金として返還する仕組みが「脱退一時金」です。

受給の基本的な条件

脱退一時金を受け取るには、国民年金または厚生年金の被保険者資格を喪失し、日本国内に住所を有しなくなった状態で、日本を出国後2年以内に請求する必要があります。老齢年金の受給資格期間を満たしている場合や、日本国内に住所がある場合は対象外です。

2026年4月施行の改正内容

計算上限が5年から8年へ

脱退一時金の金額は、保険料を納付した月数に応じて計算されますが、これまで反映される期間の上限は「5年(60か月)」とされていました。2025年6月に成立した年金制度改正法により、この上限が「8年(96か月)」に引き上げられ、2026年4月1日から施行されます。上限が引き上げられたことで、日本での就労期間が長い外国人労働者ほど、受け取れる一時金の額が増える可能性があります。

これまでの経緯

脱退一時金の上限は、もともと3年(36か月)でしたが、2021年4月の改正で5年(60か月)に引き上げられた経緯があります。今回の改正は、それに続く2度目の上限引き上げにあたります。

再入国許可を保持したままの出国は対象外

脱退一時金は、日本を恒久的に離れる人を対象とした制度であるため、再入国許可(またはみなし再入国許可)を保持したまま出国する場合は、原則として請求の対象になりません。一時帰国のつもりで出国した場合に誤って請求してしまうと、後々のトラブルにつながる可能性があるため注意が必要です。

企業が従業員に説明する際のポイント

「年金は掛け捨てにならない」という安心材料として伝える

外国人労働者の中には、年金保険料の負担を「どうせ将来使えないお金」と感じている人も少なくありません。脱退一時金制度の存在と、今回の改正で受け取れる金額の上限が引き上げられたことを説明することで、社会保険料負担への理解を得やすくなります。

二国間の年金制度との関係を確認する

出身国によっては、日本との社会保障協定にもとづき、年金の加入期間を通算できる制度がある場合があります。脱退一時金を受け取ると、その期間分の年金加入記録が消滅する扱いになるため、将来的に母国の年金と通算したほうが有利なケースもあります。どちらが得かは個々の状況によるため、安易に「脱退一時金を受け取ったほうがよい」とは案内せず、必要に応じて年金事務所や専門家への相談を促すことが望ましいです。

退職・帰国時の案内フローに組み込む

外国人従業員が退職・帰国する際の案内資料やチェックリストに、脱退一時金の請求方法や出国後2年以内という期限、再入国許可保持時の注意点を盛り込んでおくと、退職時の説明漏れを防げます。

よくある質問

Q. 脱退一時金の請求はいつ行うのが正しいですか?

被保険者資格を喪失し、日本国内に住所を有しなくなった日(出国後)から2年以内に請求する必要があります。出国前に請求することはできず、出国後に日本国内の代理人や委任状を通じて手続きするのが一般的な流れです。

Q. 技能実習・特定技能・育成就労で扱いに違いはありますか?

脱退一時金の制度自体は在留資格の種類によって大きく変わるものではありませんが、技能実習から特定技能、さらに将来的な育成就労への移行によって通算の加入期間が変わるため、退職・帰国のタイミングでの受給額に影響します。長期間日本で就労した人材ほど、今回の上限引き上げの恩恵を受けやすくなります。

Q. 会社側で請求手続きを代行することはできますか?

本人による手続きが基本ですが、委任状を用いて代理人が手続きを行うことも可能です。帰国後の本人が日本国内での手続きに不安を感じるケースもあるため、退職前に手続きの流れを丁寧に説明しておくとよいでしょう。

退職時の説明が最後の印象を左右する

外国人材にとって、日本での就労の最後に関わるのが退職・帰国時の手続きです。脱退一時金のように、知らなければ受け取れないまま損をしてしまう制度について、企業側から丁寧に案内することは、退職者に「最後まで大切にしてもらえた」という印象を残すことにつながります。退職者からの口コミは、同じ国・同じコミュニティの求職者に大きな影響を与えるため、退職時の対応は次の採用活動にも波及する重要な接点であるといえます。

社会保険料負担への理解を得るための材料として

脱退一時金の存在を採用段階から伝えておくことも、外国人材の不安を解消するひとつの方法です。「日本で働く間に払う年金保険料は、条件を満たせば一部が戻ってくる」という事実を早い段階で伝えることで、社会保険料の天引きに対する心理的な抵抗を和らげられます。給与明細の見方を説明する際などにあわせて触れておくと、より実感を持って理解してもらいやすくなります。

まとめ

– 脱退一時金は、年金の受給資格期間を満たさずに帰国する外国人労働者向けに、保険料の一部を返還する制度

– 2026年4月から、計算上限が5年(60か月)から8年(96か月)に引き上げられる

– 上限は2021年4月に3年から5年へ引き上げられた後、今回が2度目の引き上げとなる

– 再入国許可を保持したまま出国する場合は、原則として脱退一時金の対象外

– 企業は退職・帰国時の案内フローに制度の説明を組み込み、二国間の年金通算との比較検討を促すことが望ましい

参考

– 東海中小企業支援事業協同組合「脱退一時金の改正と注意点(2026年4月施行)」https://www.tama5cci.or.jp/hp/yanagida/?p=16194

– 吉本行政書士・社労士事務所「【2026年最新】外国人の脱退一時金は上限8年へ!育成就労・特定技能で変わる実務ポイントを解説」https://office-yoshimoto.jp/working-visa/blog/archives/1326

– マイナビグローバル「外国人の脱退一時金とは?わかりやすく金額や仕組みを社労士が解説」https://global-saponet.mgl.mynavi.jp/know-how/10628

– 日本年金機構「脱退一時金の制度」https://www.nenkin.go.jp/international/japanese-system/lumpsumwithdrawalpayments/index.html