【この記事の要点】
– 外国人整備士への指示が伝わらない原因の多くは、言語力だけでなく、手順書が整っていないことにあります
– まず「やさしい日本語」で整え、写真・イラスト・用語集を加えてから、必要に応じて多言語化するのが効率的です
– 機械翻訳は便利ですが、そのまま使わず、逆翻訳や母語話者の確認を挟みましょう
– 手順書は「作って終わり」ではなく、更新の担当と、理解度を確かめる仕組みまでセットで考えます
– 整えた手順書は、日本人の新人にも役立つ、工場の資産になります
「何度説明しても伝わらない」「同じミスを繰り返す」——外国人整備士を受け入れた整備工場から、こうした相談がよく寄せられます。しかし、原因は本人の日本語力だけとは限りません。ベテランの頭の中にある手順が、言葉にも文書にもなっていないことが、大きな要因になっているケースも多いのです。本記事では、整備工場で使える多言語マニュアル・作業指示書の作り方を、順を追って解説します。人手不足の背景は、「自動車整備士の人手不足が深刻化」の記事も参考にしてください。
なぜ「言葉の問題」だけではないのか
整備士の資格を持っていても、日本の現場にそのまま適応できるとは限りません。国によって、主流の車種、使用する診断機器、整備の手順が異なるためです。さらに、現場では、「いつものやり方」「見て覚える」といった暗黙のルールが多く、言葉に直さないと外国人材には伝わりません。
つまり、マニュアルづくりは、外国人材のためだけの取り組みではなく、工場の手順を見直し、標準化するよい機会でもあります。
手順1:作業の優先順位を決める
最初から全作業のマニュアルをつくる必要はありません。次の観点で、優先する作業を選びましょう。
– 頻度が高い作業(オイル交換、タイヤ交換、定期点検など)
– 事故や不具合につながりやすい作業(ブレーキ、足回り、ホイールナットの締付けなど)
– 日本の現場独自のルールがある作業(車検の基本点検、記録簿の記入など)
優先度の高い5〜10作業から始めると、負担を抑えながら効果を実感できます。
手順2:「やさしい日本語」で書く
出入国在留管理庁と文化庁が公表している「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」では、伝える内容を整理し、文を分かりやすくして、読み手に伝わるかを確かめるという流れが示されています。整備の手順書でも、次のような工夫が役立ちます。
– 1つの文に、1つの内容だけを入れる(文を短くする)
– 「〜してください」「〜しないでください」など、主語と動作をはっきりさせる
– 「適宜」「しかるべく」「軽く」などのあいまいな表現を避ける
– 数値と単位を明記する(例:「しっかり締める」ではなく「規定トルクで締める」)
– 漢字には、ふりがなを付ける
手順3:写真・イラスト・動画で補う
文章だけに頼らず、視覚的な情報を足すと、理解が大きく進みます。
– 作業の各ステップを、写真つきで1枚にまとめる
– 良い例と悪い例を、並べて見せる
– 危険な箇所や、やってはいけない作業を、赤枠やピクトグラムで強調する
– 手順書にQRコードを付けて、作業の動画(短いもの)を見られるようにする
「1作業1ページ」を目安にまとめると、作業中にも確認しやすくなります。
手順4:用語集をつくる
整備の現場では、略語や専門用語が多く使われます。用語集をつくり、作業場に掲示すると、伝達の誤りを減らせます。
| 日本語 | 英語 |
| オイル交換 | oil change |
| ブレーキパッド | brake pad |
| タイヤ交換 | tire change |
| 点検 | inspection |
| 車検 | vehicle inspection(shaken) |
| トルクレンチ | torque wrench |
| ホイールナット | wheel nut / lug nut |
| 冷却水 | coolant |
| バッテリー | battery |
| 診断機(スキャンツール) | diagnostic scan tool |
| リフト | vehicle lift |
英語以外の言語(ベトナム語、インドネシア語、ネパール語など)に訳す場合は、必ず母語話者に確認してもらいましょう。同じ言葉でも、文脈によって適切な訳が異なることがあります。
手順5:機械翻訳は「確認」とセットで使う
翻訳ツールは便利ですが、専門用語や、日本語特有の表現では、誤訳が起こりやすくなります。次の流れで使うと、精度を高められます。
1. やさしい日本語で原文を整える
2. 翻訳ツールで母語に訳す
3. 訳文を、もう一度日本語に翻訳し直して(逆翻訳)、意味が変わっていないかを確認する
4. 重要な手順や安全に関わる内容は、母語話者や、同じ言語の社員に確認してもらう
手順6:安全に関わる内容は特に丁寧に
整備の現場には、次のような危険があります。多言語での表示と、口頭での説明をセットにして、確実に伝えましょう。
– リフトの操作と、車両の固定
– ガソリンなどの引火、火災
– ブレーキ液、冷却水、バッテリー液などの薬品の取扱い
– ハイブリッド車・電気自動車の高電圧部分の作業
高電圧を扱う作業には、法令で求められる教育や資格がある場合があります。対象の作業を行わせる前に、必ず確認してください。
手順7:使われる仕組みをつくる
理解度の確認
手順書を渡して終わりにせず、「やって見せる→やらせてみる→確認する」の流れで、理解度を確かめます。経験者であっても、日本の現場での手順や、国産の診断機器の使い方に不慣れなことがあるため、最初は実技を一緒に確認するのが安心です。
更新の担当を決める
手順は、車種や機器の変化に合わせて見直す必要があります。更新の担当と、見直しの時期(年に1回など)を決め、最新版がどれかを分かるように、版数や日付を記載しましょう。
現場の声を取り入れる
外国人整備士から「ここが分かりにくい」という声が出たときは、改善のチャンスです。意見を言いやすい雰囲気をつくり、マニュアルに反映していくことで、現場に根づく手順書になります。
日本語学習の支援とあわせて
マニュアルを整えるだけでなく、整備に関する日本語の学習を支援することも効果的です。よく使う用語や、指示のフレーズに絞って学べる機会をつくると、現場でのコミュニケーションが大きく改善します。詳しくは、「外国人整備士の日本語教育・コミュニケーション対策ガイド」も参考にしてください。
よくある質問
Q. すべての作業を多言語化しないといけませんか?
いいえ。まずは、やさしい日本語と写真で整えるだけでも効果があります。多言語化は、優先度の高い作業や、安全に関わる内容から、段階的に進めましょう。
Q. 翻訳をすべて外部に依頼するのは、費用が高くなりませんか?
すべてを外注する必要はありません。社内で機械翻訳と逆翻訳で下訳をつくり、重要な部分だけを、母語話者や専門の翻訳者に確認してもらうと、費用を抑えられます。
Q. 日本人の新人にも使えますか?
はい。写真や図が入った手順書は、日本人の新人にも分かりやすく、教育の時間を短縮できます。「外国人向け」ではなく、「誰にとっても学びやすい手順書」として整えると、社内の理解も得やすくなります。
まとめ
– 指示が伝わらない原因は、言語力だけでなく、手順が言葉・文書になっていないことにもある
– 優先度の高い作業から、やさしい日本語+写真・イラスト・用語集で整える
– 機械翻訳は、逆翻訳や母語話者の確認とセットで使う
– 安全に関わる内容は、多言語表示と口頭説明で確実に伝える
– 更新の担当と、理解度を確認する仕組みまで整えることで、手順書が現場に根づく
参考
– 出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」https://www.moj.go.jp/isa/content/930005857.pdf
– 出入国在留管理庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン〜話し言葉のポイント〜」https://www.gov-online.go.jp/data_room/publication/202303/isa-042.html
– 国土交通省「自動車整備人材の確保・育成に関する資料」https://www.mlit.go.jp/common/001294865.pdf
– 厚生労働省「外国人雇用に関する法律」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/index.html